そもそも悪感情の方が強いのではないか
どうも、エデュセルフォーガのコリンです☆
大事MANブラザーズの「愛は勝つ」の歌詞に代表されるように、私たち日本人は、子供から大人まで、ほとんどの人たちが信じて疑わない、愛や正義への絶対的な信頼感があるように思います。
特に日本人は、上の人が命令したことには素直に従う人が非常に多いし、多くの人が絶対的な性善説を信じています。確かに日本の犯罪率の量と質を考えれば、日本人の国民性は性善説の上で成り立っているし、性善説という仮説を使ってものを考えても大きな問題となることは少ないのかもしれません。
しかし、現実世界での肌感として、今までのサラリーマン経験や人生経験を鑑みても、自分を含めた人間という生物は、邪の意識、悪の感情の方が強いのではないかと感じています。
悪の方が、根本的に強い
そう考えざるをえない出来事が多すぎるように思えます。
「正義が必ず勝つ」のはドラマや映画の世界だけで、現実はいつも悪の方が蔓延るように見える世の中です。そもそも、勧善懲悪のようなドラマや映画が多く作られるという所に、勧善懲悪的な世界への我々の憧れが反映されているわけで、現実の多くはその逆であることの証明であるようにも思えます。
正直者がバカを見る世の中…
そうとも言えない世界があるみたいなんだ。
キリストもジョン・レノンも殺されました。彼らは紛れもなく聖人であり、愛に満ち溢れた世界を実現しようとしていたはずです。
悪巧みする連中が、世界を自分達だけのものにしようとしているのかもしれません。そこへ輪をかけて、自分のことばかり考えている身勝手な連中が、世界が今どうなっているか何も知らずに、何もわかろうともせずに、まるで操り人形のように世界の終わりに拍車をかけているようです。現代社会の一連の悲劇の拡大は、明らかに、
自分が善意ある市民だと思い込んでいる人たち
の正義を振りかざした悪によって行われていると思います。
メディアの裏で蠢いていることを陰謀論だと簡単に切り捨ててしまえる人こそ、メディアなどの様々なプロパガンダに相当に洗脳されてしまっています。それこそ、勧善懲悪を信じすぎていますし、頭の中がお花畑に過ぎるのではないでしょうか。
そして、愛に目覚めた自立した者達は、この狂った世界を目の前にしてただただ自分の無力さと世界の終わりを嘆く。そんな末法の世界が、今という時代なのでしょう。
強さがいつしか正義となった
悪のエネルギーは強い、とんでもなく強い。自分の中の悪感情が芽生えた時のことを思い出しても簡単に理解できるほどに強い。時にそれは制御できないくらいに強大な力を持ちます。
そして、悪を乗り越えた時の平和で穏やかな感情を知る人も多いはずです。愛のエネルギーは悪ほど強くはないし穏やかです。だから、戦えば悪の方が大抵は勝つわけです。
正義は最後に勝つ、は残念ですがほとんど成り立たないわけです。
「正義は負ける、悪は勝つ」
負け惜しみのようだが真理のように思えます。
戦争を心の底から望んでいる人達が現実に存在することに、多くの人は気づいていない。そんな人達は、このコロナ騒動を否定する人たちをほとんど思考せずに感情論で陰謀論と一蹴してしまうのでしょう。
その感情論こそが、現代社会のボトルネックなのだと気づいてください
争いのない世界を作る上で、最も邪魔をしているのが感情論者であり、多くの善人顔をしている人達です。それはもしかすると、人一倍世間体を気にしているあなたかもしれない。
そもそも、日本は戦後、戦争を放棄したはずです。戦いからの脱却を理想に掲げた誇るべき国であるはずです。そこに、勝ち負けなど作るべきではないでしょう。いま一度、日本の国旗である日の丸を思い出すべきなのかもしれません。
それに、悪が跋扈する世の中は、この世界に例えるならば、日暮れの場面での話です。
夜が終わり、日の出の場面では形勢が逆転するでしょう。
日の出と共に、勧善懲悪の世界が必ずやってくるはずです。
太陽は誰とも戦っていない
太陽は誰とも戦っていません。もちろん自分自身とすらも戦っていないでしょう。ただひたすら、全てのものを照らし出す愛の権化が太陽というこの宇宙の母なる存在です。闇は元々この世界に太陽と同時に生まれたはずで、太陽のお陰で自分の存在を色濃く知ることができるし、太陽をより一層輝かせてあげているとも言えます。光も実は闇のお陰様なのです。(お陰様という日本語は面白いですね|θ・)♪太陽崇拝を悪魔崇拝と呼ぶ方々もいるようですが、太陽がなければそもそも全存在は生きることができませんので根本的な感謝の対象であり悪魔崇拝とは違うはずです)
太陽は夜と交互に現れて、世界を照らし去っていきます。月は夜の友達で、闇を優しく照らし出してくれます
つまり、戦いなどと言ってテイク&テイクやギブ&テイクの勝ち負けで争うのは人間の4次元的世界観で、照らし続けるギブ&クリエイトの世界観こそが光の8次元的世界観。それこそ四方八方の世界観です。
現実世界だけが戦っている
現実世界だけが戦っているのです。誰の心の中の理想世界も、戦いを決して望んではいないはずです。アダムとイブを想定するまでもなく、あなたも私ももともと根っこで繋がっている兄弟であるはずです。最初の人類から派生した兄弟であるのだから当然の話ですね。だから、本来的な価値観で考えるならば、自分を含めた愛する人たち、つまりは世界中の兄弟達が一人でも死んでしまうような世界は誰も望んではいないはずです。たとえ、いかなる理由があったとしても。
つまり、それぞれの持つ理想と現実にギャップがあるだけではないでしょうか。いま一度、頭の中にある理想的な世界の在り方を見つめ直して、その上で誰しもがそれが理想であると感じるような世界を再構築して行くべき時にあるのではないかと感じます。
理想を創り、そこに融合していく世界。
正義は負け、悪が勝つように思えるのは、あなたの判断が四苦八苦の現実世界に縛られているからかもしれません。
理想世界に勝ち負けなど存在しません。言うなれば、全員勝ちのうれしうれしの世界だからです。(※うれしうれしは日月神示の言葉です)
光の中で生き、闇の中に消えるのが人間
ならば、勝ち負けに拘っても意味がないではないでしょうか。太陽のように生きている今があって、いつかは闇の中に消え死んでいくのが人間なのだから。そしてまた、光の中に生まれ、それを繰り返していく。まるで太陽が日の出、日の入りを繰り返しているように。
闇は強い。しかし、光も強い。もうそろそろ気づいてもいいはずです。
夜が来るのは間違っているなどと、誰が言うのでしょうか。
同じように、悪が蔓延る世界が訪れても間違いだなどとは誰にも言えはしないでしょう。例えそれが、どんなに狂ったように見える世界であろうと。
そう、勝ち負けなんてどうでもいい。正義が悪に負けたっていい。
悪が正義に勝つ時だってある。それの何がいけないというのか。
我々が目指すのは、もっと遥か先の地平のはず。
光も闇も喜びを創造できる。
どんな場面でも陽はまた昇り繰り返していく。
だから、本当は光と闇が手を組めば素晴らしいのです
どちらも素晴らしいのだから一緒に世界を治めるべきではないですか。この世界がもともとそうであるように。それこそが、うれしうれしの世の中なのかもしれません。
闇には星を、光には虹を、空には夢を。
光も闇もみんな引き連れて行きましょう。
みんなで夢みる理想化された世界の方へ。